ちょっとした自慢


自分の人生で一番恵まれていると思うのは、
何てったって周りの人たちに恵まれていると思います。

友人知人仕事関係、
そりゃ合わない人は勿論いるし一方的に嫌われたりもしょっちゅうでしたが、
根本的に私がわざわざ「嫌い」という人はほとんどいないまま来ています。
(まぁ、私が好きになりすぎる人間なのも確かですけどね)


けど、その恵まれ方がまた不思議だよなぁと思うことがちょいちょいあって、
大事な人が出来ること自体はそう不思議でもないとして、

何だか分からないけれど、
偶然で繋がる線や事柄が凄くあちこちに多くて、
それは例えるなら、

ふっと思いつきで随分久しぶりに話したい相手がいて、
遠くにいるだろうと思って電話を掛けたら同じ店にいた、
あるいは同じ道の端っこ同士にいた、

という感覚です。

示し合わせた訳でも無く同じ場所にいたり、
何一つ狙っていないのにすんなり同じことをしていたり、
同じことが起こっていたり、
そういうことがすごく多くて、
そういう時、
私は何となく「同志」とか「戦友」とか「朋輩」みたいな気持ちになります。

別に打ち合わせた訳でも無いのに、
何だか同じ方向を向いて進んでいる感じというか。
この感覚が物凄く好きです。

しょっちゅう会ったり連絡している人間とは、
方向や速度についてお互い伝え合ってるから感動しづらくなっちゃいますが、
それでも、妙なところ、意表を突いたところでそういう事が起きたりします。
楽しいです。
知らないことは多い方が嬉しい性分のせいかもしれません。
知りたいけれど知り切れないのが理想。(人に関わらず)

直接支えたり励ましたりするだけが友情でもないと思う性質なので、
そういう、
「あいつだって多分まだ走ってるだろ」
という身勝手な信頼が私を救ってくれることもあって、
やっぱり走ってたと発覚すると、
それはもう嬉しいのです。

傍から見て止まっていても、頭の中が動いていれば十分。
悩んでいることは停止ではない。

これは私と、
あなたと、
このブログの存在も知らない私の友人知人たちと、
要は私と袖を擦り合っちゃった全ての人への、
愛と感謝とエールを込めた飛びっ切りの想いです。

届けばいいけど届かなくてもいい。
そう思える人にばっかり関わり続けて来られる人生ってのは、
やっぱり上出来なんじゃないでしょうか。

とか、
走ってる途中で自分を褒めてみたり。
名が体を表すならば、
動いているのが私の本質なので仕方ありません。笑。
(ゴールする気が無いとも言う)
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2017-12-13 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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文と語とうた


「物語そのものはむしろ好きなんだけど、
 決定的に文章の音としての繋がりが崩壊していていちいち蹴っ躓くんだよぉ!!」
と、
管を巻いていたのは半年くらい前でしたっけ?

まぁ、その後日談というかアレンジというか。


私に限った事じゃないでしょうが、
何となく心によぎったことや思いつきや、
後日生かしたいことは大概何処かにメモっておきます。

単語の羅列であったり、
設定であったり、
コピーのようなものであったり、
特定の風景であったり、
デザインであったり。

手書きだったり携帯やパソコンのメモ書きだったり、
使ったり使わなかったり変容したりはしますが、
何処かに記録しておくのはもうただの習い性です。

さて先日、
がっちり書き込んで残せるようなネタがあって、
手書きでは足りなかろうからパソコンに文章にしようと考え、
頭の中を少し整えにお風呂に入り、
…………髪を乾かしている間にうっかり電源を落としました。

(だってパソコンってつけとくと無限に作業できるじゃないですか)
(そのうち何が目当てだったのか忘れちゃったりするじゃないですか)

で、翌日に書けばいいか、と思って布団に入ったのですが、
なまじ頭の中で整理したせいで一度寝たら薄れそうでもったいなくて、
ボイスレコーダーに吹き込んでみました。

未だかつて初めての試みであります。

ありますが、
これがまた、台本もないのにすらすらと綺麗に言える言える、
ちょっとした単語の調整すればいいやーくらいまで淀みなく続き、
「あー、これは文字ではなく語りが最適であったか」
と自分ながら驚きました。


何が言いたいのか分かりづらいと思いますが、
文字を用いての文章と声を用いての文章は、
使う言葉も抑揚のつけ方も違うのだから、
使い分けられるよね、という話です。

語感のいい言葉だけ並べてもバランスを崩すな気持ち悪い、
という話でもあります。
(冒頭参照)

その上で、
うた、というのはまた特殊だと思います。
そもそも漢字で「うた」っていっぱいあるけど、
それぞれの特徴もちょっとづつ違いますしー。
漢「詩」的なうたもあれば短「歌」的なうたもあって、
その妙味は少しづつ違いますでしょう?

そんな訳で、
言葉の扱い方を変えてみた結果、
私のメモのバリエーションが増えてしまいましたというお話。

漢詩には流石にまだ手が出ませんが、
狂歌や川柳に手を出す日も来るような来ないような。
2017-10-12 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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言霊逆効果


ほぼ愚痴に近いので本文は畳みます。

要約すると、
何でも言葉になればいいってもんじゃないよね、
の一言で終わる話です。

何でわざわざそれだけの記事を上げるかって言ったら、
そうでもしないと自分の中で醸造されちゃうからです。
お騒がせいたします、ぺこり。

続きを読む

2017-09-23 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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選択


去年今年と、
自分の好きなアーティストのアニバーサリーが続いて、
ファン投票とかが多かったのですが、
その度に、

「いや一曲選べってそんな無茶な」

と思っておりました。
状況が指定されている(ランキング上位がライブで聞ける)奴はさておき、
ただただ選ぶだけって、そんな無茶がありますかい。

別に音楽に限った話でもないと思うのですけれど、
好きな作者の作品の中で
「どれが一番好き?」
って聞かれても、多分
「いやそんな無茶な」
ってなります。

どう頑張っても、
トップ2までだと思います。
それも、比較のしようがない感じの好きさ加減のものが。

作品が受け手に左右される以上、
その時その時で思うことは違うし、
そうなるとオールタイムベストを決めるって相当な難しさだと思います。

軽々に
「これが一番好き!」
って言われても信用できないのって私だけですかね。
余程のエピソード込みの思い入れならまぁ別ですけど。
2017-07-05 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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匿名不在一市民


初めて聞いた時、
あまりの自縄自縛っぷりに度肝を抜かれた話があります。

サスペンス映画か何かに影響されたのでしょうか、
「自分が冤罪を蒙った時、アリバイが証明できないとまずい」
と思ったと。
そこまではまぁ分かります。

問題はそこからで、
ありとあらゆる瞬間に
「自分が今ここにいたという証明を出来ないとまずい」
という考え方に至ってしまい、
やたらとレシートをとっておくのは勿論、
周りの人に無駄に時間を聞いたりとかしてたとのこと。
他にも物凄い徹底していたのですが、
被害妄想とオブセッションの織り成すアンサンブルに、
正気でついていけなかったので正直細部は覚えてません。
(注:小説で聞いた話とかではなく、実際にやっていたという人から聞いた話)

とにかく、パズル寄り推理小説で出てくるような、
行動タイムテーブルに水を漏らす隙も作らないように生活していたという、
気色悪い話です。


私はむしろ真逆で、
仕事とか知人絡みならともかく、
出来うる限りアリバイとか聞かれても立証できない方がいいです。
立証できないのが望みではなく、
「何月何日の何時にはここにいて何をしていて、
 その後こういうことがあって」
という記録や赤の他人の記憶があるのが割と嫌だからです。

正直、仕事でもお客さんから私個人を認識されるより、
「店員A」
的な覚えられ方をしている方がいいのですが、
他人の記憶を弄れない以上それにも無理があります。

名前のつかない、
連続性の無いただの一般市民として影のように揺蕩う時間が欲しいんですよーぅ。

「リトル・グレイ・マン」
がある種の理想なのですが、
「それほどお前とかけ離れた概念ねぇよ」
と言われるのが悲しいところです。

こうなると個人的信条の、
「加齢は個を薄める」
に希望を託すしかないのですが、
んーーーーー、検証できるの何年後なんでしょうかねこれ…………。(苦笑)

(本日の記事は幾つかの作家の作品をリスペクトしています)
2017-04-22 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プロフィール

かざみ

Author:かざみ
つれづれなる海月のような生き方を目指しております。

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