文と語とうた


「物語そのものはむしろ好きなんだけど、
 決定的に文章の音としての繋がりが崩壊していていちいち蹴っ躓くんだよぉ!!」
と、
管を巻いていたのは半年くらい前でしたっけ?

まぁ、その後日談というかアレンジというか。


私に限った事じゃないでしょうが、
何となく心によぎったことや思いつきや、
後日生かしたいことは大概何処かにメモっておきます。

単語の羅列であったり、
設定であったり、
コピーのようなものであったり、
特定の風景であったり、
デザインであったり。

手書きだったり携帯やパソコンのメモ書きだったり、
使ったり使わなかったり変容したりはしますが、
何処かに記録しておくのはもうただの習い性です。

さて先日、
がっちり書き込んで残せるようなネタがあって、
手書きでは足りなかろうからパソコンに文章にしようと考え、
頭の中を少し整えにお風呂に入り、
…………髪を乾かしている間にうっかり電源を落としました。

(だってパソコンってつけとくと無限に作業できるじゃないですか)
(そのうち何が目当てだったのか忘れちゃったりするじゃないですか)

で、翌日に書けばいいか、と思って布団に入ったのですが、
なまじ頭の中で整理したせいで一度寝たら薄れそうでもったいなくて、
ボイスレコーダーに吹き込んでみました。

未だかつて初めての試みであります。

ありますが、
これがまた、台本もないのにすらすらと綺麗に言える言える、
ちょっとした単語の調整すればいいやーくらいまで淀みなく続き、
「あー、これは文字ではなく語りが最適であったか」
と自分ながら驚きました。


何が言いたいのか分かりづらいと思いますが、
文字を用いての文章と声を用いての文章は、
使う言葉も抑揚のつけ方も違うのだから、
使い分けられるよね、という話です。

語感のいい言葉だけ並べてもバランスを崩すな気持ち悪い、
という話でもあります。
(冒頭参照)

その上で、
うた、というのはまた特殊だと思います。
そもそも漢字で「うた」っていっぱいあるけど、
それぞれの特徴もちょっとづつ違いますしー。
漢「詩」的なうたもあれば短「歌」的なうたもあって、
その妙味は少しづつ違いますでしょう?

そんな訳で、
言葉の扱い方を変えてみた結果、
私のメモのバリエーションが増えてしまいましたというお話。

漢詩には流石にまだ手が出ませんが、
狂歌や川柳に手を出す日も来るような来ないような。
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2017-10-12 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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言霊逆効果


ほぼ愚痴に近いので本文は畳みます。

要約すると、
何でも言葉になればいいってもんじゃないよね、
の一言で終わる話です。

何でわざわざそれだけの記事を上げるかって言ったら、
そうでもしないと自分の中で醸造されちゃうからです。
お騒がせいたします、ぺこり。

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2017-09-23 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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選択


去年今年と、
自分の好きなアーティストのアニバーサリーが続いて、
ファン投票とかが多かったのですが、
その度に、

「いや一曲選べってそんな無茶な」

と思っておりました。
状況が指定されている(ランキング上位がライブで聞ける)奴はさておき、
ただただ選ぶだけって、そんな無茶がありますかい。

別に音楽に限った話でもないと思うのですけれど、
好きな作者の作品の中で
「どれが一番好き?」
って聞かれても、多分
「いやそんな無茶な」
ってなります。

どう頑張っても、
トップ2までだと思います。
それも、比較のしようがない感じの好きさ加減のものが。

作品が受け手に左右される以上、
その時その時で思うことは違うし、
そうなるとオールタイムベストを決めるって相当な難しさだと思います。

軽々に
「これが一番好き!」
って言われても信用できないのって私だけですかね。
余程のエピソード込みの思い入れならまぁ別ですけど。
2017-07-05 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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匿名不在一市民


初めて聞いた時、
あまりの自縄自縛っぷりに度肝を抜かれた話があります。

サスペンス映画か何かに影響されたのでしょうか、
「自分が冤罪を蒙った時、アリバイが証明できないとまずい」
と思ったと。
そこまではまぁ分かります。

問題はそこからで、
ありとあらゆる瞬間に
「自分が今ここにいたという証明を出来ないとまずい」
という考え方に至ってしまい、
やたらとレシートをとっておくのは勿論、
周りの人に無駄に時間を聞いたりとかしてたとのこと。
他にも物凄い徹底していたのですが、
被害妄想とオブセッションの織り成すアンサンブルに、
正気でついていけなかったので正直細部は覚えてません。
(注:小説で聞いた話とかではなく、実際にやっていたという人から聞いた話)

とにかく、パズル寄り推理小説で出てくるような、
行動タイムテーブルに水を漏らす隙も作らないように生活していたという、
気色悪い話です。


私はむしろ真逆で、
仕事とか知人絡みならともかく、
出来うる限りアリバイとか聞かれても立証できない方がいいです。
立証できないのが望みではなく、
「何月何日の何時にはここにいて何をしていて、
 その後こういうことがあって」
という記録や赤の他人の記憶があるのが割と嫌だからです。

正直、仕事でもお客さんから私個人を認識されるより、
「店員A」
的な覚えられ方をしている方がいいのですが、
他人の記憶を弄れない以上それにも無理があります。

名前のつかない、
連続性の無いただの一般市民として影のように揺蕩う時間が欲しいんですよーぅ。

「リトル・グレイ・マン」
がある種の理想なのですが、
「それほどお前とかけ離れた概念ねぇよ」
と言われるのが悲しいところです。

こうなると個人的信条の、
「加齢は個を薄める」
に希望を託すしかないのですが、
んーーーーー、検証できるの何年後なんでしょうかねこれ…………。(苦笑)

(本日の記事は幾つかの作家の作品をリスペクトしています)
2017-04-22 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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【テスト込】官能基


テスト込なのでこちらはカテゴリ変えまして。

えーと。
随分随分長いこと想っていることの中に、
前記事のネタも込みになるのですが、

好きなものに対する反応がどれぐらい継続するか、
というものがあります。

別に何がいいとか悪いとかではなく、
「何が好きか」
「何に興味が無いか」

「今好きであること」
「長らく好きであること」
の組み合わせというか。

そこまで好みでは無きにせよ、
何となくだらだらと聞いちゃうってのもあると思うのです。
一瞬最大限好きで、飽きてしまうことと同様に。

そういう好みの方向性や物量と、
記憶は連携していると思っています。

以前好きだったものと今好きなものの相似性。
あるいはその逆。
同じ作者の作品が一つ一つ違うように、
違う作者の作品が類似の性質を持つことは当然あって、
その何処に焦点を置くかによって、
個人個人の好き嫌いは左右されるんだろうなぁとか。

あるいは作者、
あるいは作風、
例えば小説であれば文章の癖、
音楽であればコード進行なり和音の組み立て、
画風であるなら色の組み合わせや奥行、
幾らだって細分化は可能だと思います。

自分にとって何処が重要視されているのか、
それに自覚的な方が、
後々楽なんだろうなあと思います。

それはつまり、
自分がどういうものに弱いかでもあるので、
諸刃の剣でもあるだろうと思いますが、
そう捉える向きが少ないのは、
正直個人的にはつまらない風潮です。

好きなものに首を括られてるくらいがいいように思うのは、
まぁ行きすぎだという自覚はあります。
2017-04-06 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プロフィール

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Author:かざみ
つれづれなる海月のような生き方を目指しております。

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