匿名不在一市民


初めて聞いた時、
あまりの自縄自縛っぷりに度肝を抜かれた話があります。

サスペンス映画か何かに影響されたのでしょうか、
「自分が冤罪を蒙った時、アリバイが証明できないとまずい」
と思ったと。
そこまではまぁ分かります。

問題はそこからで、
ありとあらゆる瞬間に
「自分が今ここにいたという証明を出来ないとまずい」
という考え方に至ってしまい、
やたらとレシートをとっておくのは勿論、
周りの人に無駄に時間を聞いたりとかしてたとのこと。
他にも物凄い徹底していたのですが、
被害妄想とオブセッションの織り成すアンサンブルに、
正気でついていけなかったので正直細部は覚えてません。
(注:小説で聞いた話とかではなく、実際にやっていたという人から聞いた話)

とにかく、パズル寄り推理小説で出てくるような、
行動タイムテーブルに水を漏らす隙も作らないように生活していたという、
気色悪い話です。


私はむしろ真逆で、
仕事とか知人絡みならともかく、
出来うる限りアリバイとか聞かれても立証できない方がいいです。
立証できないのが望みではなく、
「何月何日の何時にはここにいて何をしていて、
 その後こういうことがあって」
という記録や赤の他人の記憶があるのが割と嫌だからです。

正直、仕事でもお客さんから私個人を認識されるより、
「店員A」
的な覚えられ方をしている方がいいのですが、
他人の記憶を弄れない以上それにも無理があります。

名前のつかない、
連続性の無いただの一般市民として影のように揺蕩う時間が欲しいんですよーぅ。

「リトル・グレイ・マン」
がある種の理想なのですが、
「それほどお前とかけ離れた概念ねぇよ」
と言われるのが悲しいところです。

こうなると個人的信条の、
「加齢は個を薄める」
に希望を託すしかないのですが、
んーーーーー、検証できるの何年後なんでしょうかねこれ…………。(苦笑)

(本日の記事は幾つかの作家の作品をリスペクトしています)
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2017-04-22 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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【テスト込】官能基


テスト込なのでこちらはカテゴリ変えまして。

えーと。
随分随分長いこと想っていることの中に、
前記事のネタも込みになるのですが、

好きなものに対する反応がどれぐらい継続するか、
というものがあります。

別に何がいいとか悪いとかではなく、
「何が好きか」
「何に興味が無いか」

「今好きであること」
「長らく好きであること」
の組み合わせというか。

そこまで好みでは無きにせよ、
何となくだらだらと聞いちゃうってのもあると思うのです。
一瞬最大限好きで、飽きてしまうことと同様に。

そういう好みの方向性や物量と、
記憶は連携していると思っています。

以前好きだったものと今好きなものの相似性。
あるいはその逆。
同じ作者の作品が一つ一つ違うように、
違う作者の作品が類似の性質を持つことは当然あって、
その何処に焦点を置くかによって、
個人個人の好き嫌いは左右されるんだろうなぁとか。

あるいは作者、
あるいは作風、
例えば小説であれば文章の癖、
音楽であればコード進行なり和音の組み立て、
画風であるなら色の組み合わせや奥行、
幾らだって細分化は可能だと思います。

自分にとって何処が重要視されているのか、
それに自覚的な方が、
後々楽なんだろうなあと思います。

それはつまり、
自分がどういうものに弱いかでもあるので、
諸刃の剣でもあるだろうと思いますが、
そう捉える向きが少ないのは、
正直個人的にはつまらない風潮です。

好きなものに首を括られてるくらいがいいように思うのは、
まぁ行きすぎだという自覚はあります。
2017-04-06 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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百聞と一見とその他


百聞は一見にしかず、とは言うけれど、
いまいちその「一見」を信頼しきれない。

体験という意味での一見ならまだ分かるんだけど、
自分の眼がいいからか悪いからか、
「一見」は間違いない、みたいな何かが多分駄目なんだろう。
(だからと言って百聞が正しいとも思わないけど)

色覚が発達しているのか、
私にとっては別の色が他の人には区別出来なかったりという事がある。
人から多く聞いた方が、自分で見るより確実だろうと思う場面も多々ある。

まして、音だの味だのになった日には、
何一つ確かじゃない。
一度は苦手だと思ったものが、後日妙に好きになったりする。
体調の変化で音や味が変わって、
好きなものに触れたくないことだって多い。

「一見」が、回数としての一ではなくて、
一瞬の一ならいいのに、
それなら理解できるのに、
とかふと思う今日この頃。
2017-03-16 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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こどものころの


今までの記憶って、どれくらいありますか?
そして、どこからありますか?


友人たちに幾人か、
「小学校の頃/中学校の頃の記憶が殆ど無い」
というのがいて、それを聞いた時、
「え、そんなことあり得るのか!?」
と相当の衝撃でした。

幼稚園以前の頃の話をしたら、
「いや覚えてる方がおかしいだろそれ」
と言われたので、
「何を言う、私の最古の記憶は0歳だ」
と返しました。

安定的に覚えているのは3歳以降くらい。
断片で良ければ2歳とかもかなり覚えています。
出来事以外にも、自分が何を考えたか、とかね。
(いやほんとほんと)
(一番最初の殺意は3歳で、実行に移した後私は慄きました)


さて。
「早い」方は自覚があったからいいとして、
小中くらいの記憶が無い人が思いの外多く、
どうして今更こんなことで衝撃を受けているのだろう私は、
とか思ってみたのですが、
先日はたと気が付きました。

うちの両親も記憶が古くてはっきりしてるのです。

なので、小さい頃から、
親が子供の頃の話をあれこれと聞いていて、
多分、そのせいで
「覚えているのが当たり前」
となったのでしょう。

某友人は私の記憶が古い事を、好意的に
「自我の発達が早かった」
と表現してくれましたが、
多分そういうことだけでもないだろう、と、
母とこの話題について駄弁りながら結論付けました。

母と私、多分父も、は、
世間とか他人とか大人とかに対して、
何がしかの違和感とか不信感とか嫌悪感があったのだと思います。
極論してしまえば、世界と「自分」の不和が。
少なくとも私はそうです。

別に世の中拗ねて生きてた訳ではないですが、
「子供とはこういうものだ」というテンプレート、
主に戦後新左翼の児童教育辺りの目指す子供像と、
まるっっっっっっきりかけ離れている自覚が、子供の時に既にありました。
大人が子供に何を要求しているかの方が、
友達が自分に何を要求しているかより遥かに簡単に分かるものでしたから。

かと言って修正される気は勿論なかったですし、
出来たら最初からこんなことになってねーよと思っていたので、
「これやっとけば『善良な』大人が口を挟みようがないライン」
をぎりぎり彷徨って生きてきて今に至ります。
何だかスパイ活動のような人生です。


と、縷々述べて来ましたが、何が引き金だったって、
今日読んでた本のキーワードに
「四歳の女の子」
があるのですが、それがまるっきり納得いかなかったことです(笑)

四歳の女の子があんなに舌ったらずで無垢なものかーーーー!!!!!
仮に私を除外したとしても、
四歳当時の同級生たちだってもっと強かだった!!!!!

と、大人の幻想を抱かされた子供像に呆れと怒りを感じたのでありました。

子供に幻想を抱くのはまぁ構いません、
だがしかし、蟻の集団の一定数が必ず怠けるように、
子供の集団の中にも、
必ず一定数の異分子がいることを忘れてはなりません。

それは、ふとしたところに潜んでいるのです。
あるいは、異分子ではないと自覚している人の中にだって。
2017-02-19 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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「生き延びた子供」と「可哀想」


「可哀想」という感情を表す単語がしっくりこない。
それはもう昔から。

自分が思う事にもしっくりこないし、
他人が言う事にもしっくりこない。
同じ本や映画を呼んで、感情移入する相手が私一人変なところにいたりとか。
「可哀想」って結局憐れみじゃん、と思って白けてしまう。

「生き延びた子供」という概念というかカテゴリがあるけれど、
それそのものに対して「可哀想」とか一切思わない。
個人的には「生き延びた子供」と一口に言っても、
「生き延びてきた子供」と「生き延びてしまった子供」はまるで違うと思う。

実人生では「生き延びてきた」人の方が好きだけれど、
フィクションではどちらかと言うと後者の方に心情が寄る。
多分、文字通り次元が違うからだろうけど。

ともあれ、
最近身の回りであれやこれやと続き、
友人関係で3つほどあり、
仕事関係で1つあり、
どれもそこそこ大きかったのだけど、
それらに対する感情が、どうやっても「可哀想」にならないのでした。
一般的にはそれぞれに「可哀想」と言える対象がいる状況なのだろうけど。


何度か呟いているけれどやっぱり、
他人と共有できない最たる感情だと思うんだよなー、「可哀想」。
私だけかもしれないけれど。

何が一番嫌って、こういうことを迂闊に言うと人非人扱いされそうな日本人のムラ意識ですが。
アンチ「道徳の時間」人間。
2016-09-18 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プロフィール

かざみ

Author:かざみ
つれづれなる海月のような生き方を目指しております。

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