手仕事


大概多趣味だけれども、
その為の道具はあまり持ちたくない性質です。
何かを突き詰める情熱はないので。

そういう訳で、
料理でも手ちぎりとか、
手芸なら無論ピンセットどころかペンチも使わないとか、
色々おかしなことになる訳ですが、
その原因になったモノは心当たりがあります。

小学生の頃に買ったお菓子のレシピ本(結構本格派)のまるまる一章が、
「手は最高の道具です」
のコピーのもと、
捏ねて手で成形する類のもので埋まっていたのでした。

手というのは高度な受容器官だと思うので、
重たいものを運ぶときや掃除のときなんかも、
荒れたり怪我したりは覚悟の上で素手でやります。
(軍手やゴム手袋を使うと大概なにかやらかす)


そんな感じで、
手の感触に集中している時は無心になりやすいので、
何というか、室内で散歩してる気分になります。
手の散歩。

散歩に比べて体、特に首や肩にはよろしくありませんが、
頭には非常に効くので良しとしましょう。

さて、今日も昨日の続き(手芸)やろうっと。
息抜き息抜き。笑。
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2018-04-17 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プレゼント魔の手紙


プレゼント魔は手紙魔でもある。


と、多分分からない人にはまるで分からない飛躍を経て、
取り合えず手紙魔ではあります。

ありますが、
このご時世、中々難しいものがあって、
結局特定の幾人かに絞られてしまうのが悲しいです。
(手紙読まれる前にメールしちゃったりとか悲劇でしかない)

で、その中の一人に宛てた手紙を、
喫茶店にわざわざ行って書いてました。
手紙は外で書くのが個人的に大正義。

書いてから思ったことには、
手紙って、凄い高度なコミュニケーションだなーという事です。
何なら知的作業と言い換えても可。

言いたいことを言いたいようにぶん投げつつ、
しかし変に誤解のないように、
なるべくその通りに受け取ってもらえるように、
しかも文字数は増えすぎないように、
というのを考えながら、

一方で、
読みやすい文字や漢字、とか、
誤字脱字に気を付けて、とか、

更に他方で、
インクがかすれないように、とか、
便箋とインクの色味、だとか、

とかく頭を使います。

でもなんか、
誠実さが求められる分好きです。

書き散らしや予測変換や推敲されていない文字列や、
そういう色んなものにうんざりした時に、
裸一貫で手紙を書くのは何ていうか精神的ダイエットに近いです。

削ぎつつ、本体は傷つけないようにしつつ、
自分にとっての適解を探していく作業。


そんなことを、
プレゼント魔にして活字中毒の私は思いながら手紙を書いています。

〆の言葉に、いつも悩みながら。
2018-03-28 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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ちょっとした自慢


自分の人生で一番恵まれていると思うのは、
何てったって周りの人たちに恵まれていると思います。

友人知人仕事関係、
そりゃ合わない人は勿論いるし一方的に嫌われたりもしょっちゅうでしたが、
根本的に私がわざわざ「嫌い」という人はほとんどいないまま来ています。
(まぁ、私が好きになりすぎる人間なのも確かですけどね)


けど、その恵まれ方がまた不思議だよなぁと思うことがちょいちょいあって、
大事な人が出来ること自体はそう不思議でもないとして、

何だか分からないけれど、
偶然で繋がる線や事柄が凄くあちこちに多くて、
それは例えるなら、

ふっと思いつきで随分久しぶりに話したい相手がいて、
遠くにいるだろうと思って電話を掛けたら同じ店にいた、
あるいは同じ道の端っこ同士にいた、

という感覚です。

示し合わせた訳でも無く同じ場所にいたり、
何一つ狙っていないのにすんなり同じことをしていたり、
同じことが起こっていたり、
そういうことがすごく多くて、
そういう時、
私は何となく「同志」とか「戦友」とか「朋輩」みたいな気持ちになります。

別に打ち合わせた訳でも無いのに、
何だか同じ方向を向いて進んでいる感じというか。
この感覚が物凄く好きです。

しょっちゅう会ったり連絡している人間とは、
方向や速度についてお互い伝え合ってるから感動しづらくなっちゃいますが、
それでも、妙なところ、意表を突いたところでそういう事が起きたりします。
楽しいです。
知らないことは多い方が嬉しい性分のせいかもしれません。
知りたいけれど知り切れないのが理想。(人に関わらず)

直接支えたり励ましたりするだけが友情でもないと思う性質なので、
そういう、
「あいつだって多分まだ走ってるだろ」
という身勝手な信頼が私を救ってくれることもあって、
やっぱり走ってたと発覚すると、
それはもう嬉しいのです。

傍から見て止まっていても、頭の中が動いていれば十分。
悩んでいることは停止ではない。

これは私と、
あなたと、
このブログの存在も知らない私の友人知人たちと、
要は私と袖を擦り合っちゃった全ての人への、
愛と感謝とエールを込めた飛びっ切りの想いです。

届けばいいけど届かなくてもいい。
そう思える人にばっかり関わり続けて来られる人生ってのは、
やっぱり上出来なんじゃないでしょうか。

とか、
走ってる途中で自分を褒めてみたり。
名が体を表すならば、
動いているのが私の本質なので仕方ありません。笑。
(ゴールする気が無いとも言う)
2017-12-13 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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文と語とうた


「物語そのものはむしろ好きなんだけど、
 決定的に文章の音としての繋がりが崩壊していていちいち蹴っ躓くんだよぉ!!」
と、
管を巻いていたのは半年くらい前でしたっけ?

まぁ、その後日談というかアレンジというか。


私に限った事じゃないでしょうが、
何となく心によぎったことや思いつきや、
後日生かしたいことは大概何処かにメモっておきます。

単語の羅列であったり、
設定であったり、
コピーのようなものであったり、
特定の風景であったり、
デザインであったり。

手書きだったり携帯やパソコンのメモ書きだったり、
使ったり使わなかったり変容したりはしますが、
何処かに記録しておくのはもうただの習い性です。

さて先日、
がっちり書き込んで残せるようなネタがあって、
手書きでは足りなかろうからパソコンに文章にしようと考え、
頭の中を少し整えにお風呂に入り、
…………髪を乾かしている間にうっかり電源を落としました。

(だってパソコンってつけとくと無限に作業できるじゃないですか)
(そのうち何が目当てだったのか忘れちゃったりするじゃないですか)

で、翌日に書けばいいか、と思って布団に入ったのですが、
なまじ頭の中で整理したせいで一度寝たら薄れそうでもったいなくて、
ボイスレコーダーに吹き込んでみました。

未だかつて初めての試みであります。

ありますが、
これがまた、台本もないのにすらすらと綺麗に言える言える、
ちょっとした単語の調整すればいいやーくらいまで淀みなく続き、
「あー、これは文字ではなく語りが最適であったか」
と自分ながら驚きました。


何が言いたいのか分かりづらいと思いますが、
文字を用いての文章と声を用いての文章は、
使う言葉も抑揚のつけ方も違うのだから、
使い分けられるよね、という話です。

語感のいい言葉だけ並べてもバランスを崩すな気持ち悪い、
という話でもあります。
(冒頭参照)

その上で、
うた、というのはまた特殊だと思います。
そもそも漢字で「うた」っていっぱいあるけど、
それぞれの特徴もちょっとづつ違いますしー。
漢「詩」的なうたもあれば短「歌」的なうたもあって、
その妙味は少しづつ違いますでしょう?

そんな訳で、
言葉の扱い方を変えてみた結果、
私のメモのバリエーションが増えてしまいましたというお話。

漢詩には流石にまだ手が出ませんが、
狂歌や川柳に手を出す日も来るような来ないような。
2017-10-12 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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言霊逆効果


ほぼ愚痴に近いので本文は畳みます。

要約すると、
何でも言葉になればいいってもんじゃないよね、
の一言で終わる話です。

何でわざわざそれだけの記事を上げるかって言ったら、
そうでもしないと自分の中で醸造されちゃうからです。
お騒がせいたします、ぺこり。

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2017-09-23 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プロフィール

かざみ

Author:かざみ
つれづれなる海月のような生き方を目指しております。

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把握出来る数字を飛び越えました!

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