こどものころの


今までの記憶って、どれくらいありますか?
そして、どこからありますか?


友人たちに幾人か、
「小学校の頃/中学校の頃の記憶が殆ど無い」
というのがいて、それを聞いた時、
「え、そんなことあり得るのか!?」
と相当の衝撃でした。

幼稚園以前の頃の話をしたら、
「いや覚えてる方がおかしいだろそれ」
と言われたので、
「何を言う、私の最古の記憶は0歳だ」
と返しました。

安定的に覚えているのは3歳以降くらい。
断片で良ければ2歳とかもかなり覚えています。
出来事以外にも、自分が何を考えたか、とかね。
(いやほんとほんと)
(一番最初の殺意は3歳で、実行に移した後私は慄きました)


さて。
「早い」方は自覚があったからいいとして、
小中くらいの記憶が無い人が思いの外多く、
どうして今更こんなことで衝撃を受けているのだろう私は、
とか思ってみたのですが、
先日はたと気が付きました。

うちの両親も記憶が古くてはっきりしてるのです。

なので、小さい頃から、
親が子供の頃の話をあれこれと聞いていて、
多分、そのせいで
「覚えているのが当たり前」
となったのでしょう。

某友人は私の記憶が古い事を、好意的に
「自我の発達が早かった」
と表現してくれましたが、
多分そういうことだけでもないだろう、と、
母とこの話題について駄弁りながら結論付けました。

母と私、多分父も、は、
世間とか他人とか大人とかに対して、
何がしかの違和感とか不信感とか嫌悪感があったのだと思います。
極論してしまえば、世界と「自分」の不和が。
少なくとも私はそうです。

別に世の中拗ねて生きてた訳ではないですが、
「子供とはこういうものだ」というテンプレート、
主に戦後新左翼の児童教育辺りの目指す子供像と、
まるっっっっっっきりかけ離れている自覚が、子供の時に既にありました。
大人が子供に何を要求しているかの方が、
友達が自分に何を要求しているかより遥かに簡単に分かるものでしたから。

かと言って修正される気は勿論なかったですし、
出来たら最初からこんなことになってねーよと思っていたので、
「これやっとけば『善良な』大人が口を挟みようがないライン」
をぎりぎり彷徨って生きてきて今に至ります。
何だかスパイ活動のような人生です。


と、縷々述べて来ましたが、何が引き金だったって、
今日読んでた本のキーワードに
「四歳の女の子」
があるのですが、それがまるっきり納得いかなかったことです(笑)

四歳の女の子があんなに舌ったらずで無垢なものかーーーー!!!!!
仮に私を除外したとしても、
四歳当時の同級生たちだってもっと強かだった!!!!!

と、大人の幻想を抱かされた子供像に呆れと怒りを感じたのでありました。

子供に幻想を抱くのはまぁ構いません、
だがしかし、蟻の集団の一定数が必ず怠けるように、
子供の集団の中にも、
必ず一定数の異分子がいることを忘れてはなりません。

それは、ふとしたところに潜んでいるのです。
あるいは、異分子ではないと自覚している人の中にだって。
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2017-02-19 : 散思考 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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